司法書士 法律

侮辱罪の法改正(厳罰化)について

投稿日:2022年6月21日 更新日:

ガーシー、俺なんもしてないよなぁ?!

「侮辱罪」を厳罰化することなどを盛り込んだ、改正刑法が、13日に参院で可決ました。契機としては、最近インターネット上で見られる(特に有名人に対する)誹謗中傷に対する抑止力といわれています。

今回の改正ポイントは、「侮辱罪」の厳罰化と「拘禁刑」の創設です。

侮辱罪(刑法231条)は、「事実を摘示せず」に、「公然」と、人を侮辱した場合に成立します。「侮辱罪」の法定刑は30日未満の「拘留」または1万円未満の「科料」です。今回の改正では1年以下の「懲役・禁錮」または30万円以下の「罰金」と厳罰化されました。
ちなみに侮辱罪は事実の摘示を伴わないので、名誉棄損罪の特例(刑法230条の2)で定められる「公共性・公益性・真実性」の議論の余地は無く、構成要件に該当すれば処罰の対象です。(が、侮辱罪は親告罪で、親告罪は告訴期間が「犯人を知ってから6ヶ月」(刑事訴訟法235条1項)なので、従前の公訴期間(1年)を考えると、かなりスピード感を持って告訴しなければ、公訴時効に掛かって刑事責任は断念せざるを得なかったのですが、今回の改正では公訴時効も現行の1年(拘留又は科料に当たる罪については1年なので:刑事訴訟法第250条2項7号)から3年(同法6号)に延長とし、名誉棄損と平仄を合わせています。

ちなみに侮辱罪は刑事上の罪ですが、民法上でも争う事が出来ます。ただし、民事の侮辱(民法第723条)と異なり、侮辱罪の保護法益は被害者の「外部的な名誉」であって、被害者の「名誉感情」ではないことに注意が必要です。つまり、誹謗中傷をされてムカッとしたからと言って警察に告訴しても、「会通念上許される限度を超える」(最三小判平22・4・13民集 64巻3号758頁)侮辱行為が存在すると判断されない限り動いてもらえません。

とはいえ侮辱罪に懲役刑が適用された事により、幇助罪や教唆罪も問えるようになったのは大きいです。

例えば自社運営のSNS上で誹謗中傷の書き込みや投稿を放置した場合は、SNS運営会社に対しても侮辱罪の幇助の罪で刑事責任を追及できることになるので、結果として情報開示請求が通りやすくなり、被害拡大を最小限に防止するのに資するからです。

発信者情報開示請求とは

SNSで誹謗中傷をされた場合の対抗措置として、その被害者はSNSを運営するプロバイダに対する発信者情報開示請求を行うことができます。ただし、情報開示訴訟の際は行為としての侮辱(つまり誹謗中傷の書き込み)が存在した旨の主張をする必要がありますが、上記H22年判例で「特段の根拠を示すこともなく,本件書き込みをした者の意見ないし感想としてこれが述べられていることも考慮すれば,本件書き込みの文言それ自体から,これが社会通念上許される限度を超える侮辱行為であることが一見明白であるということはできず…」(つまり、侮辱罪が成立するには、明白な権利侵害(=バカくらいでは足りず、かなり強い言葉)が必要)と示されている為に、これまでプロバイダ側は「対象の書き込みが具体的事実に基づかない意見に過ぎず、侮辱罪には当たらない」として情報開示請求に応じないことが多かったのです。

実務上は、明白性の有無にかかわらず発信者情報を開示しなくて良いというわけではありませんが、プロバイダも個人情報保護の観点から、安易に情報を提供したくないという立場をとっているのです。

はっきり言えば、この軽すぎる罰則と、必要以上に高い情報開示請求のハードルが侮辱・名誉棄損行為が一向に減らない一因になっていたので、懲役刑が適用されるというのは一つ大きな進歩だと思います。

もちろん、法定刑が軽いのはあくまでも刑事上の問題ですので、民事で別途争うことは可能ですが、事実無根(もしくは事実であっても)の情報を流されていて、被害を被っている状況で裁判公開されることで更に騒ぎが拡大するリスクもあり、このような侮辱行為のそのものを抑止する必要があったのです。(そもそも論、訴訟費用倒れになり、メリットがない)

名誉棄損罪とは何が異なるのか?

侮辱罪について触れたので、ついでに名誉棄損罪についても説明しましょう。個人の名誉を保護法益とするところまでは同じですが、違いは事実を摘示したか否かです。

事実の摘示がなければ(例:お前は無能だ!)侮辱罪、あれば名誉毀損(例:あいつは昔、万引きで捕まったことがある)となります。事実の適示がある分、その目的が専ら公益を図ること等の要件がある事で、名誉棄損罪の場合は罪に問われないケースがあります。

また、名誉毀損よって処罰を受けるのは故意による場合のみで、例えばある人の秘密を暴露したものの、その情報を提供者から虚偽の情報を掴まされてしまった場合は、名誉棄損罪では罪に問えない可能性があります。もちろん、過失によって名誉を毀損した場合には、民事で損害賠償請求が可能です(が、相手方も真実相当性があったことを反論して対抗するでしょう)。

表現の自由とのバランス

今回の改正は一見、国民全体の権利保護に資する改正と思ってしまいますが、個人的には言論の自由の侵害が心配です。えん罪というか正当な批評・弁論との線引きが難しくなり、スラップ訴訟のリスク(つまり、権力者や経済的強者が言論封殺できる)が高まると考えます。

ネット社会では、だれもが匿名で意見をすることができるので、(独善的な)正義感や評論家気取りでついつい過激な表現になってしまいます。また、最近では港区の王者ガーシーが暴露系ユーチューバーとして芸能人の闇を暴いているので、これらにブレーキを掛ける契機になったのではないかと思います。

ネットの投稿が問題なのは、当事者ではない第三者がろくに裏取りもせずに、他人のツイートを拡散できることです。今回の改正で、これまで気軽にリツイートをするSNS風習にも一石を投じることになるかも知れません。

さいごに

侮辱罪の法定刑の変更とは別に、今回の改正では、刑務所などに収容する刑罰のうち「懲役刑」と「禁錮刑」を廃止し、2つの刑を一本化する「拘禁刑」を新たに創設することとなりました。(施行は公布から3年以内(2025年頃)を予定)。「懲役刑」と「禁錮刑」2つの違いは刑務作業の義務の有無です。

ここではあまり詳細に書きませんが、刑罰の種類が変更されるのは実に1907年以来で、インパクトとしては先に挙げた侮辱罪よりも大きいものです。これは、禁固と懲役を分ける意義が薄れた事と、罪状・収監される受刑者にマッチした更正手段を取るのがこれまでの禁固と懲役の枠組みでは難しくなったという事のようです。(拘禁刑受刑者が刑務作業を義務付けされるのは、刑務所が、本人の改善更生のために必要と判断したときに限られることになるようです。)

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港区オジさん(みなオジ)です。
長い極貧オジさん生活を経て、いつの間にか小金持ちのアーリーリタイアオジさんにクラスチェンジしました!
投資家と司法書士の肩書を有する一方、妻の尻に敷かれるちょい駄目オジさんの異名も持つ。