不動産賃貸に関する東京ルールはご存じだろうか。賃貸経営をしていて賃借人が退去する際の退去時の敷金精算や入居期間中の修繕に関する費用負担など賃貸人・賃借人間の清算に関するルールである。本トピックではオーナーの立場として記載するが、この内容は現在アパート暮らしなどの賃借人にとっても退去トラブル回避のために知っておくべき内容であるので、ぜひチェックしてほしい。
目次
1.賃貸に関する「東京ルールとは?
正式名称は「賃貸住宅紛争防止条例」といって、東京ルールの名の通り東京都都市整備局住宅政策推進部不動産業課によりガイドラインが作成されている。これは、国土交通省のガイドラインを基に作られており、賃貸借契約に付随するトラブルの内特に争いの多かったものが定められている。なお、現行のガイドラインは賃貸住宅紛争防止条例の改正(平成29年10月公布・施行)や宅地建物取引業法及び民法の改正を受け、第3版が最新版となっている。
原状回復義務について
まず、賃貸借の基本的なルールとして、「原状回復義務」がある。つまり、賃借人が退去する際には借りていた住居を「元通り」に直しておく必要がある。この「元通り」の解釈が退去時のトラブルの主な原因となっている。原状回復を理解するためには「建物の損耗」と「回復の程度」に分解して「原状回復」について考える必要がある。
「建物の損耗」の種類
建物に住んでいれば、当然その建物は年月とともに汚れ(日照によるクロス(壁紙)の変色跡)や小傷がつく、しかしその汚れや傷の中には、賃借人の故意や過失で(注意を怠ったことにより)付くものもある。例えば壁にネジやフックを付けて(クロスだけでなくその下地の)石膏ボードの交換が必要になる程の大きな穴を開けたり、固いものを倒してしまいフローリングが大きく削れてしまったりである。
この様に年月の経過で自然に劣化する部分については「通常損耗」と言って賃貸人が負担すべきものになる。一方で後者のような善管注意義務(民法第400条)違反による損耗の場合は賃借人が負担すべきものになる。
具体例を挙げて(クロスの故意過失による汚損のケース)
「通常損耗」と「故意過失による損耗」の両者は重なる部分があり、負担割合が修正される。具体的な例を挙げて確認する。賃借人が仮に3年間借りた後にアパートを退去したケースを想定して下さい。賃借人が故意過失でクロスを汚していたという場合は、賃貸人の気持ち的には、全額賃借人が負担してほしいと感じられるかもしれません。しかし、3年間の間にクロスの価値は一定の割合で減じ、その期間の減価償却後の残価を負担すれば良いことになる。そしてクロスであれば法定耐用年数は6年となっていることから、クロス交換に5万円かかった場合であっても賃借人に全額請求できるわけではなく5万円×3/6(年)で2万5千円しかできない。さらに、その賃借人が住む前にその前の賃借人が3年間住んでいた場合はクロスの残価は0(正確には1円)であることから、貼り換える場合は賃貸人の負担で行わなければならない。また、フローリングの場合は部分補修と全体補修で経過年数の考え方が変わります(部分補修の場合は経過年数を考慮しません。その補修により、フローリングの全体価値は変わらないというのが根拠)。畳(マンションには最近和室無いな~)については、経年劣化によらない切り傷やタバコの焦げ跡に関しては消耗品として扱われることから、全額賃借人負担となる。
さらに例外の例外として経過年数を超えた設備等であっても、例えばインターホン(法定耐用年数6年)は、耐用年数経過後も継続して賃貸住宅の設備等として使用可能であり、この場合に賃借人の故意過失でこれを破損し、使用不能としてまった場合は、本来機能していた状態にまで戻す必要がある。つまり設備等の経過年数が超えても必ず0円評価にはならない。
鍵を紛失した場合の対応
借主が鍵を紛失した場合は鍵(シリンダー)の取り換えが必要となる。なくした鍵1本を弁償すればよい訳ではないので注意が必要である。借主から紛失の報告があればその時にどうするか確認するが、いずれにせよ退去までには賃借人負担で取り換えることになる。最近はアパートでもディンプルキー(ピッキングに強い鍵)を採用することが多くなり、シリンダー交換費用も高額になる。また、接触型・非接触型のオートロックキー搭載の鍵もあり、更に紛失時の請求が大きくなる(場合によっては10万円近くとなるケースも)。それはそのはずで、ディンプルキーは非常に複製やピッキングに強く、並みの鍵師でも非常に時間が掛かり防犯性が高いのだ。みなオジも以前仕事で強制執行(建物明渡しの催告という)の現場に立ち会った経験があり、そこには鍵師を手配することが多いのだが、鍵がディンプルキーと知ると、どの鍵師も嫌そうな顔をしていたのを思い出した。とはいえ取り掛かれば、大抵10分位で開錠できるのだが、たまに20分近く奮闘することもあった。
鍵の紛失が無い場合は、賃借人にシリンダーの取り換えの義務はない。賃貸中に合鍵を作られ、それは引き続き持つというリスクはあるが、その可能性だけで取り換え費用の請求することはできない。ちなみに、次の賃借人となる契約者がセキュリティ上の要請から鍵の交換を要求した場合には、その契約者に対して請求することになる。(仲介業者の中には強制的に鍵交換を契約者に求める場合もあるので注意。注意といっても賃貸人には費用負担が生じるものではない為、放っておいても問題はないが、仲介会社の横暴で賃借人の満足度低下にもつながり、自分の物件を利用して仲介会社が暴利を貪っているのも癪にさわるし、当事者として知らんふりも倫理的にどうかと思われる。鍵交換については新賃借人の選択制とし、交換しないことのリスクを十分理解させたうえで、判断させるのが無難な落としどころではないだろうか。鍵交換の希望確認を怠った時に、万が一、前賃借人による住居侵入があった場合は、賃貸人の注意義務違反に飛び火する可能性が否定できないので)
エアコンの洗浄
エアコン洗浄を行う理由がたばこのヤニ汚れである場合は、賃借人の負担となる。ヤニ汚れの場合は分解洗浄しなければ匂いも取れず、次の賃借人からのクレームにもつながるためである。また、エアコンの通常のメンテナンスを怠った事から生じた壁の腐食(カビ)は、過失が認められ原状回復は借主の負担となる。また、借主が入居後にエアコンの取り付けを希望するする場合もあり、その際の取り決めも覚書などで締結する必要がある。例えば、追加で設置するエアコンの処分権(例:借地借家法第33条の「造作(ぞうさく)」に当たらないと定めるなど)をどうするか、取り付け後に故障した場合の修理義務、退去時に処分する際の費用負担など細かく決めていく必要がある。
借地借家法 (造作買取請求権)第33条第1項 建物の賃貸人の同意を得て建物に付加した畳、建具その他の造作がある場合には、建物の賃借人は、建物の賃貸借が期間の満了又は解約の申入れによって終了するときに、建物の賃貸人に対し、その造作を時価で買い取るべきことを請求することができる。建物の賃貸人から買い受けた造作についても、同様とする。 |
2.退去立ち会いの重要性
この様に、退去時の清算ルールは非常に多く、そもそも負担の判断基準となる故意過失の認定は難しいことから、スムーズな賃借人の入れ替えは退去時の立ち合いの出来にかかっているといっても過言ではない。そのため退去立ち合いと室内チェックには非常に神経を使う事から、通常管理会社などの専門業者が入るが、管理会社がリフォーム業を兼ねていたり、リフォーム会社と癒着している場合もあるので賃貸人としても、彼らに丸投げせず、本当にその原状回復が必要かの見極めも重要である。管理会社が連れてくるリフォーム業者を信用しないわけではないが、他に相見積もり用の業者にも後日室内を確認してもらい見積もりを出してもらえる様、事前にスケジューリングしておくことをおすすめする。管理会社には、予め自分でも業者に見積もってもらう予定です、といっておいた方が良いだろう。実際に同じ部屋を別の業者に同条件で見積もってもらうと、(部屋の広さにも影響するが)結構な開きになることも多い。このことからも普段から懇意にしている原状回復業者がいないのであれば相見積もりは基本的に必須である。
ちなみに立ち合いの費用はケースバイケースで月々の管理委託をしていれば立ち合い業務を無料もしくは実費程度で付帯している場合もある。(立ち合い費用の相場は私が知るところでは2~3万円程度が多い)。ちなみに私は複数の物件を所有しており、また不動産関連の知り合いも多く、司法書士として法律や実務を多少知っているので、立ち合いには(オーナーと名乗らず管理会社社員の体で)同席するようにしている。実際に室内を見なければ判断できない部分もあるし、汚れだけではなく匂い(ペットやたばこ)もあるので現場にいなければ、きちんと判断できないからだ。立ち合いに同席するのはどちらかというと管理会社への牽制の意味合いが強い。中には室内のチェックが甘い業者もいるし、賃貸借契約書の特約条項も見ないまま立ち会っている場合も多いからである。なお、私が同席時する際に賃借人に対して自分がオーナーの身分を隠すのは、賃借人が無用な警戒(原状回復費をぼったくられるのではないか)をするのを防ぐ意味がある。
退去時の室内チェックのためには入居時の室内チェックも重要であることは言うまでもなく、自分でも引渡し前の室内の写真を撮っておこう。(賃貸仲介の業者に依頼しても良い)
3.契約による予防措置
退去の立会いが「対処」だとすれば、「予防」は賃貸借契約・重要事項説明書(重説)を賃貸人・賃借人双方に解釈の余地が出ないように明確に規定する必要がある。例えば、室内における禁止事項(行為)は必ず明確にしておくことは重要である。例えば、室内の喫煙・ペット飼育を禁じた場合、ペナルティとしての損害賠償(違約金)の規定を入れることで賃借人がそれに違反した場合の、クロスの貼り換えの費用の(本来は賃貸人負担である)経年劣化分にその損害賠償の額を充当することも可能だろう。また、特約などで原則的なルールを修正することも可能である。
東京においては仲介会社が賃貸契約の前に重要事項説明を行う際に、賃貸住宅紛争防止条例に基づく説明書を書面交付する必要があるが、その中には特約に関する基本的な考えが記載されている。以下の(1)~(3)の要件を満たす事で経年劣化を超える借主負担を請求することが可能になる。
東京都では、退去時の敷金精算や入居期間中の修繕等の紛争防止のため、賃貸住宅紛争防止条例の施行(平成16年10月)にあわせ、『賃貸住宅トラブル防止ガイドライン』を作成し、その中で原状回復の原則については上記説明書面を交付して借主に説明することを義務付けており、賃貸借契約書及び重要事項説明書において特約が明記されていれば(2)(3)の要件については満たされていると判断される。
借主に特別の負担を課す特約が認められるための要件
(1) 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
引用元:東京都住宅政策本部HP
(2) 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
(3) 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること
しかしながら原状回復における特別負担については、借主と貸主の立場が相反することから、折り合いをつけるのは非常に難しいといえ、特に(1)における暴利的かどうかの判断は、その立場が異なれば当然判断が分かれ、争いになる可能性が高くなるものである。喫煙を禁止事項としたにもかかわらず、これに反して喫煙をしたという件を例に挙げると、クロスが6年で減価償却がされる事を逆手にとり、6年を超えればタバコを吸い放題でもお咎め無し(クロスの原状回復の負担ゼロ)問う事になり、これらの禁止条項が空文化(意味が無い)ことになるため、債務不履行責任を問う意味でも特約(経年劣化を考慮しないとする旨の条項を定め、違約罰的な意味合いの規定とする)による抑止力を与えることは十分に「合理的」といえるだろう。
4.その他の論点
敷金
敷金は預り金であるが、多く預かっていれば退去清算の際に多少優位になる。(もちろん、退去後に裁判や調停という可能性もある。)また、敷金は賃借人募集に影響するので、できるだけ低く設定するのが賃貸経営の戦略上必要である。敷金の設定額についてはケースバイケースであるが、投資用のワンルームマンションであれば1か月分設定すれば十分だろう。ただし、2LDK、3LDKや独居老人、ペット飼育可とした住居では敷金を2か月分にしても充当できないケースがあるので注意が必要である。
5.最後に
いかがでしたか?賃貸人と賃借人との争いのほとんど退去時の清算の意見の食い違いによるものでした。下記のグラフでも退去時の敷金精算だけでも38%の割合となっており、契約(18%)なども関連することから、過半数が退去時のトラブルといえます。
みなオジは大学進学で上京後ずっと賃貸暮らしでした、色々なトラブル(後日ネタにすると思います)がありましたが、一回どうしてもハウスクリーニング費用の請求で納得がいかないことがあり、少額訴訟で大家と争ったことがありました。結果から言うと、こちらの主張が通りクリーニング費用は返還が認められたのですが、今思うと揉める様な額ではなかったと思いますし、はっきり言ってやりすぎだったと思います。(ボロ家でしたが)長く住まわせてもらったのに、飛ぶ鳥後を濁してしまったな、と深く反省しています。
この様な事にならないように、入居前にきちんと契約をしようという戒めの下、時は巡って、現在は不動産オーナーとして奮闘しています。私が安い賃料帯の物件を買わないのは、実はこういう安物件の賃借人は面倒な人(!)が多いという事を本能で(というか自身の経験上)知っているからなのではと、ふと思ってしまいました。話は逸れましたが、現在賃貸に住まわれている方も、一度契約書を見直してみてはいかがでしょうか?