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借金親子の報道から改正民法へ~「消滅時効」編

投稿日:2020年11月26日 更新日:

以前、母親の借金問題で世間を騒がせている親子の報道がありました。最近の続報では、その何百万円かの借金(母親の借金でその息子は大学に進学した様です)の内の一部が時効に差し掛かるので、このまま、残りの債権も漸次消滅時効にかかれば、息子の結婚を妨げる障害が消えるのではないかという報道がありました。折しも、この度の民法改正で消滅時効に関する規定も見直されたこともあり、いい機会(?!)なので取り上げたいと思います。

変更ポイント①消滅時効の主観的起算点

改正民法第166 条第1 項
債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しな いとき。(主観的起算点)
二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。(客観的起算点)

以前の消滅時効は、権利を行使できる時から10年でした(改正前民法第167条)。改正後は、①「権利行使できる時」から10年に加えて②「権利行使できることを知った時」から5年という「主観的起算点」が追加されました。原則、①または②のいずれかを満たした場合に、その債権は時効により消滅します。これは日本の消滅時効は世界に比べて遅いといわれており、非難の原因は10年間も債権債務の資料(請求書、領収書、契約書など)を保管しなければならないことから、事務コストがかかるということに起因しています。

債権管理実務における注意点

通常、企業間取引では契約書を締結することが前提であり、当該契約書には通常弁済期(支払日)が明記されていることから、当事者間で債権者が権利行使できることとその時期を知っていることは明らかであり、短い時効期間の5年で管理すれば足りることとなります。例外としては、司法書士等による相談業務の様に相談者への請求金額がタイムチャージ制となっていて、時間単価の算定を間違っていて、アソシエイト級(30,000円/時間)の担当で計算していたが、実はシニア級(10,000円/時間)が相談を受けていたというケースでは、相談者側としては債務不履行(不完全履行)責任を相手側に請求できる(代金返還請求の債権者となる)わけですが、その場合、司法書士は10年を基準として時効管理をする必要があるという事になります。

変更ポイント②短期消滅時効と商事債権の特例廃止

短期消滅時効

旧法下において一定の債権については短期消滅時効の特例(1年から3年で消滅)を設けていました。具体例を挙げるとこれまではツケで飲み食いした代金は、1年経てば踏み倒すことができましたが、他の債権と差別化する合理的な理由もないことから、原則である民法第166 条にまとめられることになりました。

弁護士報酬は短期消滅時効なのに…

ちなみに、司法書士にとっては短期消滅時効は多少因縁のある条項です。なぜなら、旧民法第172条では弁護士報酬に関する消滅時効の期間を2年間と定めているにもかかわらず、司法書士(税理士も)の報酬については、民法上は規定を置いていません。つまり、司法書士報酬の消滅時効の期間は、民法172条の類推適用がされなければ10年間ということになります(東京地H8年4月22日の判例では、司法書士報酬の民法172条への類推適用は否定され、消滅時効を10年と判旨)。まぁ司法書士としては、報酬債権が短期消滅時効にかからないので得してるという話なのですが、同じ士業でなぜ分けるのか?という釈然としない思いがありました。今回の改正は、まさにそういったモヤモヤを解消するものとして廃止されたという事です。実務上でも、債権ごとに相手の職業を調べて、短期消滅時効の該当性を確認することは非常に煩雑ですし、上記の司法書士のケースの様に判断基準が不明瞭で士業間の報酬債権の消滅時効に差異を設ける合理的理由はないとの批判がされていました。

会社員の給与(残業代)も短期消滅時効

また、会社員の給与債権(残業代含む)の消滅時効もこの短期消滅時効の一つに含まれており(旧民法第174条1号→1年)、この規定は更に労働基準法第115条により特例として2年と定められていることから、ただただ、複雑にしていた規定といえます。ちなみに、今回の民法改正を受け、労働基準法も改正され、消滅時効が伸長する事となりました。この改正も条文的に結構歯切れが悪く、賃金請求権の消滅時効期間を5年(これまでは2年)に延長するとしつつ、経過措置として当分の間はその期間が3年となるとしています。

商事債権の消滅時効の特則が廃止

商行為によって生じた債権については、消滅時効期間を5年とする特例が設けられていました(旧商法第522条)。この規定についても、主観的起算点による5年の消滅時効が出来たことから特則を置く意味合いが薄れ、廃止されました。

変更ポイント③不法行為の消滅時効

改正民法第724条 (不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。
 不法行為の時から二十年間行使しないとき。

旧法では、判例上で除斥期間と解釈されていた「不法行為の時から20年」という期間は、消滅時効期間であると明記されました(改正民法第724条第②)。そのため、後述する時効の完成猶予や更新を行うことによって、時効消滅を阻止し得ることが明らかとなりました。「除斥期間」は「消滅時効」とは違い、その間の権利の消滅を阻止することができない期間です。これまで、不法行為から20年経過するとどのような事情があっても時効が成立してしまい(しかも援用することなく)、また中断・停止による救済もできずに被害者(債権者)にとっては酷な規定であったので、実務家から改正の要望が強かったと聞いています。

変更ポイント④生命・身体の侵害による損害賠償請求権の特則

改正民法第167条(人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効)
人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一項第二号の規定の適用については、同号中「十年間」とあるのは、「二十年間」とする。

第724条の2(人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一号の規定の適用については、同号中「三年間」とあるのは、「五年間」とする。

改正前は①債務不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効は、権利行使可能時から10年、②不法行為に基づく損害賠償請求権の場合は損害及び加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年(除斥期間)で、両者の期間は一致していませんでした。今回の改正では、人の生命や身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効を長期化する事とし、その原因が債務不履行であるか不法行為であるかを問わず、主観的起算点から5年、客観的起算点から20年に統一されました(改正後民法第167条、第724条の2)。これは、人の生命や身体に関する利益は保護要請が高いので、消滅時効を伸長する規定を作ったと言われています。

変更ポイント⑤時効の中断・停止から更新・完成猶予へ

旧法下では一定の手続きによって時効をリセット(時効の進行が最初に戻る)することを「中断」、時効完成が猶予されることを「停止」といっていました。しかし、実際の言葉の意味合いと法律効果が噛み合っていなかったことから、改正を機に用語を変更する事となりました。みなオジを始めとする、法律家は既に中断・停止が頭に刷り込まれているので、もはや違和感も湧かないのですが、初学者にとっては、言葉の印象によって覚えやすさに差が出ると思いますので、一般国民に沿った改正といえるでしょう。

「時効の更新」とは、一定の事由(更新事由)が発生した場合に、それまで経過していた時効期間がまったく無意味になり、新たな時効期間の進行が開始する制度をいいます。上述の完成猶予は、時効の完成をしばらく先延ばしにする効果しかありませんでしたが、更新により時効期間の進行が阻止されてゼロからスタートすることになります。

「時効の完成猶予」とは、時効期間の進行を停止させるものではなく、猶予事由の発生後しばらくの間は時効の完成が猶予されるというものです。したがって、たとえ猶予事由に当たる事実が発生しても、その時期によっては時効完成が生じないことになります。

改正民法第151条 (協議を行う旨の合意による時効の完成猶予)
権利についての協議を行う旨の合意が書面でされたときは、次に掲げる時のいずれか早い時までの間は、時効は、完成しない。
 その合意があった時から一年を経過した時
 その合意において当事者が協議を行う期間(一年に満たないものに限る。)を定めたときは、その期間を経過した時
 当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときは、その通知の時から六箇月を経過した時
(以下略)

合意による時効の完成猶予制度

新法では、協議を行う旨の書面での合意による時効の完成猶予制度が新たに定められました(改正民法第151条)。これは、当事者間の協議によって円満な解決を図るという紛争解決手段を促進する目的で創設された規定です。旧法下では、時効完成を阻止する手段が訴訟提起しかなかったので、それまで当事者間で友好的に話し合いをしていても、時効完成が近づくと、時効完成阻止のために訴え提起をするしかありませんでした。
結果、訴状を受け取った債務者としては、気分を害することとなり、これまでの話し合いが無駄になってしまう、なんてことも実務ではあったみたいです。(私は大人気ないので、最初から友好的な気持ちなんてこれっぽちも持ちませんが…)
新法下では、債権者債務者間で、権利についての協議を行う旨の合意が書面でされたときは、1年間時効の完成が猶予されることになります(再度の合意では、最長5年間の猶予(同条第2項))。

余談:自然債務と原状回復請求権

冒頭の借金親子のニュースを契機に取り上げた時効の改正論点ですので、少し脇道に逸れて解説を続けます。

仮に、この親が改正民法下の現在で借金をしたとしましょう。まあ、そうですね300万円を弁済期1年後とし、無利子(親しい間柄なので)で、という条件にしましょうか。この場合、2021年に弁済日が到来して権利行使(取り立て)することができるので、訴え提起や母親の財産の差押えをしなければ、そこから5年後の2026年に消滅時効が到来することになります。では、消滅時効にかかった借金はどうなるのでしょうか?借金をしたこと自体なかったことになってしまうのでしょうか?

消滅時効後の借金はチャラではない!?

この場合、「自然債務」という考え方により解決されます。自然債務とは「裁判上請求できないが,任意に履行することはできる」という債務です。つまり、時効成立後は、裁判でその返済を迫ることはできませんが,借主が任意に返済することはできる状態になったという事です。ですので、当事者の債権債務関係が無かったことにはならず、(借主の善意によることにはなりますが)お金に余裕ができた後、借主が「あの時は借金踏み倒してゴメン」と、お金を返済することはできるという訳です。ついでに言えば、任意の返済後に、「この前のお金、やっぱり返して!」と言われても,債権者側は返す必要がないことになります(自然債務とは言え、債務は確かに存在していたので)。自然債務の概念は民法の条文には存在しないのですが、判例では、この自然債務説が取られています。

…という事で、「借金が時効成立だから、借金チャラで、へっちゃら~、ウィ~♪」というのは、ちょっと違うという事になります。実際に、世の中には消滅時効どころか、破産申し立てで免責決定を受けた後に、再起して財を成した人の中には、律儀に自然債務となった借金を返す男気(女気)を持った人もいます。

騙してお金を交付させた場合の消滅時効

これまで記載した消滅時効はあくまでも、正当な方法で借金(法的に言えば「金銭消費貸借」)をした場合の考え方です。例えば、お金を借りるときに相手を騙して金銭を手に入れた(法的に言えば「騙取」)場合には、どのように消滅時効を考えればよいのでしょうか?ここで、上記の例を再度使って、解説します。

母親:「(普通に300万円貸して、って言っても貸してくれないだろうなー)ねぇ、〇〇さん、私あなたと結婚したいんだけど、借金があるとあなたに迷惑が掛かると思うから、貸してもらえないかな?(ホントは借金なんてないけど、それくらい言わないと300万円なんて大金貸してくれないだろうな)」

相手:「(えっ、そんなに借金あるの!?でも、お金貸したら結婚してくれるって言ってるし…そういう事なら仕方ないか)わかったよ、そんなに困っているんだったら、お金貸すよ。もちろん無利子で。」

母親:「ありがとう!結婚前提とはいえ、1年後にきちんと返すから、その時結婚しましょ!」

てな具合で、相手は無利子で300万円を弁済期1年後という条件で借り受けました。もちろん、借金などは借りる口実でついた嘘で、借りたお金は旅行や洋服代息子の大学の入学金に消えました。さてさて、この時の消滅時効はどのように算定するのでしょうか?

まず、このケースでは、金銭の貸し借りは適法に成立していないと判断されます。つまり、母親が相手方をだまして、金銭を交付させているので「詐欺」が成立します。詐欺による法律行為は取り消すことができる(民法第96条第1項))ので、取消権の時効の問題になります。

改正民法第126条 (取消権の期間の制限)
取消権は、追認をすることができる時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。

取消権の消滅時効は、追認をすることができる時から5年間、行為の時から20年と定められています。詐欺を理由とする取消権の「追認をすることができる時」とは、「詐欺の状況が消滅した時」とされていますので、この相手が弁済期経過後もズルズルと騙され続けたという事はなかなか無いと思いますので、弁済期の2年経過後の2023年に自分が騙されたと気が付くとして、そこから5年後の2028年までに取消権を行使する必要があります。

改正民法第121条(取消しの効果)
取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。

改正民法第121条の2(原状回復の義務)
一 無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。
二 前項の規定にかかわらず、無効な無償行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、給付を受けた当時その行為が無効であること(給付を受けた後に前条の規定により初めから無効であったものとみなされた行為にあっては、給付を受けた当時その行為が取り消すことができるものであること)を知らなかったときは、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。
三 第一項の規定にかかわらず、行為の時に意思能力を有しなかった者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。行為の時に制限行為能力者であった者についても、同様とする。

そして、取り消し後の法律関係は、民法第121条と121条の2で判断されます。つまり、取り消し権行使後は金銭消費貸借契約は無効となりますので、無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた人(このケースでは母親)は、相手方を原状に復させる義務を負います。この原状回復義務は、改正前は不当利得(民法第703条、704条)という枠組みの中で解決を図っていましたが、若干不平等感があり、本改正で121条の2を制定されることとなりました。なお、この原状回復請求権も債権であることから、行使することができることを知った時(このケースでは2028年)から5年(2033年)で消滅することになります(改正民法第166条第1項)。

この様に、相手方の主張によっては、必ずしも「主観的起算点」から5年(このケースでは2026年)という期間にならない場合も出てきます。現実のニュースでも、いつ借金が消滅するのか注視していく必要がありますし、そもそも、借りるプロセスに違法性は無かったのかの検証も必要でしょう。また仮に正当に借りた金銭だったとしても、それが消滅時効に掛かった時に人道的に返さなくて良いのかという点についても、きちんと議論されないといけないのではと、考えています。←まあ、余計なお世話ですね

司法書士なんかを生業にしていると、こういった、どうでも良い他人のトラブル話も色々首を突っ込みたくなるものなのです。そして、案件が複雑であればあるほど、色々と妄想が膨むものなんです。

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港区オジさん(みなオジ)です。
長い極貧オジさん生活を経て、いつの間にか小金持ちのアーリーリタイアオジさんにクラスチェンジしました!
投資家と司法書士の肩書を有する一方、妻の尻に敷かれるちょい駄目オジさんの異名も持つ。