令和4年の4月19日に 最高裁判所第三小法廷で判決が下された相続税更正処分等取消請求事件、いわゆる「タワマン訴訟」。行政(税務署)圧勝の判決結果を見て、世の富裕層たちは身が凍る想いをしたのではないでしょうか。(もちろん、その前提となる平成29年5月の国税不服審判の裁決でも十分衝撃的だったと思いますが)
以前のトピックで、タワマン節税は封じられているのか?という話に触れましたが、実のところ節税ロジックとして大した影響はなかった、つまり依然としてタワマンを利用した節税自体は有効だったのですが、この最高裁判決により更なる障壁が立ちふさがったと言えそうです。
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建築基準法による高さ60m以上のタワーマンションの固定資産税額と相続税の計算方法が見直しされたという平成29年度税制改正のお話です。
争われたのは被相続人(親)が亡くなる数年前に、賃貸マンションを購入した相続税申告の案件だ。相続人(子)による一般的な手法である路線価などに基づく評価を「低過ぎる」とし、国税当局は伝家の宝刀とされる”例外規定”によって覆し、相続人に対して約3億3000万円の追徴課税を課したのである。この処分の取り消しを求めた訴訟において、最高裁は、国税当局の処分が「適法」との判決を下したのである。
引用元:東洋経済オンライン8/13(土) 5:01配信
購入額 | 路線価 | 不動産鑑定評価額 | 売却額 | |
杉並区の1棟マンション | 8億3,700万円 | 2億4万円 | 7億5,400万円 | 未売却 |
川崎市の1棟マンション | 5億5,000万円 | 1億3,366万円 | 5億1,900万円 | 5億1,500万円 |
計 | 13億8,700万円 | 3億3,370万円 | 12億7,300万円 |
今回の判決を以て、被告(上告原告)は敗訴確定し、上記額の追徴課税処分を受ける事となりました。裁判の概要は以下の通り通りですが、実は事の発端は平成21年から続くもので足掛け15年かけてようやく決着がついたという事になります。
・平成21年1月 東京都杉並区の一棟マンション購入(うち融資額6億3,000万円) ・平成21年12月 神奈川県川崎市の一棟マンション購入(うち融資額3億7,800万円) ・平成24年6月 被相続人死亡(死亡時94歳) ・平成25年3月 川崎市のマンションを第三者に売却 ・同月 相続人より札幌南税務署長宛に相続税申告書提出 →相続税申告における課税価格の合計額は2,826万円、相続税額0円(相続財産-債務<基礎控除) ・札幌国税局長からの上申を受け、国税庁長官が平成28年3月同国税局長に対し、評価通達の定める方法によらずに他の合理的な方法によって評価することとの指示を行い同国税局長が不動産評価実施(財産評価基本通達6項、いわゆる「総則6項」) ・札幌南税務署長が上記不動産評価額が路線価よりも高いと判断し、本件相続に係る課税価格の合計額を8億8,874万9,000円、相続税の総額を2億4,049万8,600円とする更正処分をした。 ・上記処分を不服とし、国税不服審判所に対し共同相続人より審査請求 ・平成29年5月 相続税法22条等の法令の解釈適用に違法なしと処分庁支持の裁決 →上記裁決を受け、相続人より東京地裁へ提訴。 ・令和元年8月 1審東京地裁、令和2年6月 2審・東京高裁共に国税局勝訴の判決(原告上訴) ・令和2年(行ヒ)第283号 2022.4.19最高裁第三小法廷判決で原告の敗訴確定 →相続税未払い分や加算税等、合わせて約3億3,000万円の追徴課税が命じられた |
相続税法第22条では、相続財産を相続時の時価評価で算定するように定められています。また、評価通達1(2)において、時価とは評価通達の定めによって評価した価額によるとしています。
(評価の原則) 第二十二条 この章で特別の定めのあるものを除くほか、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により、当該財産の価額から控除すべき債務の金額は、その時の現況による。 |
今回はこの「時価」の扱いに争いがあったと言えます。原則からいえば、不動産については個別に税務署が不動産鑑定を行う必要がありますが、相続不動産を全て鑑定しなければならないとすると税務署の負担が増える為、財産評価基本通達というものを定めて「路線価・倍率方式」を用いた相続財産評価額を「時価」としていたのです。
・土地の相続税評価額 = 路線価 × 面積 × 補正率(賃貸の場合、さらに×約0.8) ※路線価→対象の土地が面している道路ごとに付された1㎡あたりの金額で、その土地の周辺の時価として公表されている公示価格の約80%の金額として設定されている。 |
・建物の相続税評価額 = 固定資産税評価額 × 1.0 (賃貸の場合、さらに×0.7) ※建物の固定資産税評価額は、新築時で建築価格の60%程度(築年数により減少)。 |
評価通達6項では「この通達の定めによって評価することが「著しく不適当と認められる」財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と定められているため、相続人が同項の定めを根拠に、不動産鑑定評価額を基に相続税等の申告を行うことがあり、逆に税務署においても、同項を適用し、評価通達の定めによらずに相続財産等の評価を行うことがあるのです。
しかし、評価通達6項に定める「著しく不適当と認められる」場合の具体的内容や事例が示されていないため、同項の意義・内容は様々に解釈される余地を残していました。
評価通達・・・国税庁が国税局や税務署に対して指示するために発した文書(通達)。行政庁の内部文書の為、国民に対しての法的効力は有していない。 |
今回のケースでは、①信託銀行側がスキームを用意している事、②左記銀行から購入資金の借入れを行い債務を増やしている(相続税課税価格の圧縮を図っている)事、③純粋な投資ではない(相続後9か月で処分しており物件そのものの投資価値は低いと判断された)、④物件購入時被相続人は90歳を超えていて、購入から相続開始までが短期間(3年未満)だった事、⑤孫相続人(養子縁組)も活用し、「2世代飛ばし相続」も行っている事、⑥結果的に相続税0円という申告であった事、から他の納税者と比較しても極めて不平等なもの(あからさまな節税対策)と判断されたのでしょう。
致命的なのは③で、申告した相続税評価額よりも遥かに高い価格で売却してしまったことで、自己の主張(路線価の妥当性)を自己否定してしまっている点でしょうか。
この様に本事例は確かに節税対策としてはやり過ぎな感じもしますが、他の富裕層も程度の差こそあれ同じような事を行っていたので、感覚がマヒしてしまったのかも知れません。ちなみに、上記に登場した信託銀行にスキーム構築に係るアレンジメントフィー(報酬)は発生していなかったのか、そして当該信託銀行側にお咎めが無かったのかが個人的に気になる所です。
また今回の報道のされ方を見て面白いと感じたのは、今回の事案の舞台となった二つのマンションはタワーマンションではなく普通の賃貸用物件という事です。しかし、とある税理士法人のコラムには【速報】「タワマン裁判」国税側が最高裁勝訴!節税対策に逆風と若干ミスリードを煽るような記事も散見されています。「タワマン裁判」の方がキャッチ―ですもんね。
個人的には今回の最高裁判決では、路線価と鑑定評価方法における算定評価の乖離は問題にした訳ではなく、あくまでも「他の納税者との間で不平等」である事が問題だと言っているので、節税手段としての不動産投資そのものがダメになったとは考えていません。今回の判旨では路線価と鑑定評価方法がどのくらい開くとNGという基準は示されず、ふと、今回の問題は選挙の「1票の格差問題」に似ていると感じてしまいました。(みなオジだけ??)
むしろ、今回の様な前例が出たことで、不動産の駆け込み購入をしない、購入物件をすぐに処分しない等のNG行為が見えてきたので、それらの地雷を避ける事で適切に節税を行う事ができる様になったのではないかと考えます。司法書士としては主戦場ではありませんが、相続の場面で避ける事ができない箇所と言えます。税法の世界は中々奥が深く、学び甲斐がある分野だと改めて感じました。