司法書士の仕事に限らず、仕事をしていると、交渉時に議論する事が多いのではないでしょうか。
今回は禁じ手とも言えるズルい議論手法と、その対策法を書きたいと思います。
目次
論点ずらし、議論のすり替え
議論の際、誰もが経験する手法でしょう。議論に関わらずあらゆる場面で有効です。たとえば、交際相手とドタキャンを巡って喧嘩をしたときに良く出る「私とあなたの仕事、どっちが大切なの?」という質問がそれです。そもそも、仕事と人は本来比べるものでは無く理論破綻しています。
仮に「どっちも大切」と言っても、予定はどちらかを優先せざるを得ない為に、回答と行動を両立させることができなくなり自分の非を認めざるを得なくなりますし、「仕事だよ」と言えば、それこそ「売り言葉に買い言葉」的な感情論に引き込まれて論理展開が困難になります。
対抗策としては、冷静に「仕事とあなたは比較すべきものでは無い」と線引きする事でしょう。もしくは、戦略的「無言」も有効です。通常、相手方もズルい質問(論点ずらし)をしている認識を持っているので、この様に対処する事で「平場の議論」に戻す事ができます。
無いこと証明(証明責任の転換)
本来、自分の主張を通すときは、自身でその根拠を示す事が必要です。例えば、「幽霊いる・いない論争」において、幽霊実在論者は幽霊の存在を自分で立証した方早いのですが、証明責任の転換の手法を使って、幽霊がいない事の証明責任を相手に押し付けるという裏技があります。
基本的に無いことの証明は難しく、これを「悪魔の証明」と呼んでいます。証明責任を相手に気づかれないように渡すことで、議論を優位に進める事ができます。
基本的に悪魔の証明は出来ませんので、議論の序盤で「あなたが幽霊はいないって言ってるんだから、そっちでその証拠出してね」と言い放ってしまう事です。こういわれた場合の対応方法としては「幽霊がいない事の説明ができないからと言って、幽霊がいるというのは論理飛躍でしょう」もしくはと、すぐさまカウンターを当てないと相手のペースにズルズルと引き込まれてしまう事になります。
ちなみに、「幽霊がいると言っている人が証拠出すのが当たり前でしょう?」等と反論してしまうと、相手から怪しい心霊写真を出されて余計に混乱すること必至でしょう(笑)。
民事裁判であれば、証明責任の差配は裁判長(と言うか民事訴訟法に規定されてる)が担う事になりますが、会議の場や討論の場では、その役割を果たす人がいない為、証明責任の負担を負うべきは誰かをきちんと把握しておくことが大切です。
枝葉の議論に引き込む(局地戦で勝つ)
枝葉の議論に引き込んでいくのは、交渉時に本来のテーマで不利な状況にある場合に良く採られる手法です。自分の苦手な領域の議論から自分の得意とする領域に議論を移すことも含まれます。また、本質的ではない些末な言い間違いのところを延々と攻めてくるというのも、この戦略の一環です。
戦争反対の主張をしているのに、「自分の子供を殺されても平気なんだね?」と言って、本題からズレたテーマに引き込むことで戦争を肯定しようとするのがその例です。
対抗策としては、「本題に話を移しましょうか」と速やかにペースを戻す事です。議論に白熱していると、枝葉の議論に移されても中々気が付きません。
質問返し
これも論点ずらしの派生手法です。痛い所を突かれた時などに、時間を稼ぐために使う事もあります。「あなたはどう考える?」と言うのが定番です。これは如何にポーカーフェイスで切り返す事ができるかが成功の鍵です。
ちなみに、質問の意図を明確にするための質問は問題ありません。むしろ営業トークとしては秀逸な返しと言えるでしょう。
対抗手段としては、相手の誘いに乗らず、「あなたが回答してから答えましょう」や「私の回答にどういう意味があるのか?」と再度質問をぶつけるのが良いでしょう。
決めつけ(権威付け、チェリーピッキング)
数多くの事例の中から自らの論証に有利な事例のみを並べ立てることを「チェリーピッキング(良いとこ取り)」と言います。
これもズルいですね。議論でなくても、「これって、常識的に…」という言葉を使っていないでしょうか。また、「君が言う事も一理あるが、部長は以前こう言っていたよ」と言うのも良く聞きます。これはズルいというより、もはや脅迫ですね。
対抗策としては、「部長はこう言っていたかもしれないが、社長はこの様におっしゃっているよ」と言う様に更に権威付けをする方法があります(が、もはや泥仕合)。
みなオジは数の理論に弱い所もあるので、「部長」の部分を「みんな」に変えられても、結構動揺するタイプだったりします。そういう時は「そう言っているのは誰でしょうか?」等と確認するのが良いでしょう。
主観・感情論者
とある会社で、創業来行っている飲食業が近年赤字を出していて、その事業を続けるか否かについての議論を行っているとします。3代目社長は代々受け継がれてきた業務である飲食店なのだから続けるべきと主張する一方、専務は現在の主力は通販サイトで販売しているお取り寄せグルメなのだから、不採算事業は縮小してその人員を通販事業に充てるべきという意見のを展開しています。社長としては赤字の事業を継続するにも戦略的展望は必要と思うものの、営利組織の中で不採算事業を正当化するのは難しいと理解しているので、飲食業を守りたい一心で以下の様な切り札を使ってきます。
「飲食業は当社の起源であり、会社及び社員の魂そのものである。その事業が近年不振であるからと言って安易に切り捨ててしまうのは、自己否定であり、自社の歴史をないがしろにするものだ。」
社長はこう言ったセリフをかざして、大義名分を主張します。
この場面で注意すべきは、専務は別に自己否定をしている訳でも自社の歴史をないがしろにしている訳ではなく、ただ「不採算事業は縮小すべき」と言っているに過ぎません。社長は会社を守ろうとする存在で専務は会社を壊そうとする存在と言う様に対立軸(ビジネス判断から感情論へ)をずらして、社員や株主等の利害関係者に訴えかけているのです。
これは、典型的な藁人形論法です。藁人形論法とは議論において相手の主張を歪めて引用し、その歪められた主張に対して反論するという論法です。
ここで厄介なのは社長が、この論法を無意識に行っている事が多いという事です。社長という立場を考えれば、この様な感情論を主張しても、事態は好転するどころかおかしなところでよじれて、組織の分断を引き起こしてしまうでしょう。
このような場合は、撤退による風評(信用・ブランド)低下、飲食・通販シナジーの減少、仕入れの際のスケールメリットの低下を理由に、不採算な飲食業であってもそれらがあるから通販事業が高利益を享受できるのだというトータルの経営判断を強調する事で議論が前向きに進む(いわゆる「議論が噛み合う」)という訳です。「創業当時から行っている事業」だからとか、「撤退は体裁が悪い」という感情・精神論は、経営上確かに効率的ではないですが、組織も人の集合なので、こういった主張に全く意味がないのかと言われればそうでもないというのが経営の難しい所ではあります。
また、純粋な感情論でない場合は大抵、その陰に表沙汰に出来ない理由が隠されているものです。すなわち、そういう感情論者と対峙してしまった時はその本音を探る事から始めるのも良いでしょう。
例えば不採算部門を廃止する事で、その役職のポストを失う事を危惧している人がその様な主張をしているといったケースであれば、黒字転換できない場合の不利益(減給、倒産・買収されるリスクなど)を説明しつつ、不採算部門廃止の際は配置転換による待遇を保証する等の提案を並行して行うというのが有効でしょう。客観的なエビデンスを基に議論を持ちかけることも有効です。
逆にやってはいけない対応としては、相手方も同じように感情論を持ち出す事でしょう。間違いなく泥仕合です。
番外編(小泉構文)
これは、論法とは関係ないですが、自分もこういう力技ができたらいいなぁという願いを込めて、こちらを紹介します。
「今のままではいけないと思います。だからこそ日本は今のままではいけないと思っている。」
これ、破壊力がすごくないですか。この名セリフは国会議員の小泉進次郎さんのお言葉。通称「小泉構文」です。何も言っていないけど、何か言ってやった感を出したいときに咄嗟に使おうかなと密かに思っています。
「約束は守るためにありますから、約束を守るために全力をつくします」
これも、有名な小泉構文ですが、みな嫁から怒られた時などに神妙な顔をしてこのセリフを出しておけば、険悪な雰囲気になってもワンチャン収まるのではないかと思います。
基本的に同じことを二回言って、その間に雰囲気のある接続詞で繋げばOKですので、議論中にてんぱって頭が真っ白になった時は超おススメな論法です。(ただし、高確率でコイツ頭悪いと思われるかもしれません)
さいごに
この様な手法が議論の際に良く見られる裏技です。論理思考力を鍛える事で、上記に挙げたトラップを見破ることができます。これは日ごろから議論をしていないと培われないものですので、会議や議論の場に入った際は積極的に議論してみてはいかがでしょうか。
もちろん相手を論破する事が最善の手でない事も多いですので、そこは悪しからず。個人的には馬鹿なフリするのも有効だったりします。