不動産賃貸経営で一番の関門になることが多いので、このブログでも過去トピックで退去時のトラブルを「東京ルール」などを適示しながら説明しました。今回は民法改正に絡めて不動産オーナーはどのように法改正に対応しなければいけないかに焦点を当てて説明したいと思います。
関連過去ブログ:現役司法書士の不動産投資家がマンション退去のテクニックを解説は→コチラ
民法改正は2020年4月にコロナ騒ぎでドタバタしている日本で、しれーっと施行(運用開始のこと)されました。司法書士として、民法改正の法案通過から色々情報収集してきましたが、大家としてのみなオジも別角度でこの民法改正をウォッチしてきました。「法律を制する者は、運用益を制する」と、勝手に名言を作りだしましたが、今回の法改正は不動産経営のどこに影響を与えたのでしょうか?今回は、所有する不動産を運用、つまり賃貸に出す際に影響を与える「不動産賃貸編」と物件を仕入れる際に関わる「不動産購入編」の2本立てで説明します。
目次
不動産賃貸編
不動産は売るか貸すかして投下資本を回収してナンボの世界です。不動産の賃貸については、法律上は伝統的に賃借人に有利に作られています。また、不動産の貸し借りは民法がつくられる前、いわば明治以前もずーっと繰り返されて、慣習化された制度でもあります。なので、不動産用語ではよく出てくる言葉であっても民法や関連法規では定義化されていなかったり、地方によって意味合いが違うなんてこともよくある話です。
例えば「敷金」は民法上は本改正で初めて出てきた用語になりますし(不動産登記法では存在しますが)、『「建坪」いくら』、なんて言葉は業界内でも意外と曖昧に使われていたりします。それでは、今回の法改正で何が変わり、貸主(不動産オーナー)側は何に気を付けて契約を締結すればよいかを説明しましょう。
敷金ルールの明確化
第六百二十二条の二 賃貸人は、敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下この条において同じ。)を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。 一 賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき。 二 賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。 2 賃貸人は、賃借人が賃貸借に基づいて生じた金銭の給付を目的とする債務を履行しないときは、敷金をその債務の弁済に充てることができる。この場合において、賃借人は、賃貸人に対し、敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない。 |
普段よく使われる言葉ですが、意外にも「敷金」という用語は民法上では定められておらず、本改正で初めて定義づけされました。敷金とは賃貸借契約後入居前に賃借人が支払う金銭で、一般的に賃借人が退去する際に返還されますが、原状回復などで費用が掛かった場合は、敷金から差し引いて返還されることになります。
司法書士試験では同時履行の抗弁との関係でよく出題されましたね。
司法書士試験(H21年度 民法) Q:建物の賃貸借終了に伴う賃貸人の敷金返還債務と賃借人の建物明渡債務とは、同時履行の関係に立つ。 A:誤り →以前は、昭和49年の最高裁判例で建物明渡が先履行(つまり、借主が退去しなければ残りの敷金を返さなくて良い)と判示されていましたが、これが改正により民法622条の2が根拠となる訳です。 |
敷金(預り金)は通常賃料の1~2か月分で設定されることが多いですが、0円でも問題ありませんし、0円にしたからといって原状回復費用を請求できないわけでもありません。
原状回復の明確化
これは、過去ブログでズバリ解説していますので、現役司法書士の不動産投資家がマンション退去のテクニックを解説をご覧ください。これまで、民法に原状回復という概念が無かったことから、その範囲の認識の差で争いが絶えなかったことから、国交省や東京都によるガイドラインが民法の隙間を埋めるルールとして定められていたわけです。それがこの度、新民法621条において定められることとなったのです。
改正民法第621条 第600条の規定は、賃貸借について準用する。 賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。 |
運用は引き続きガイドライン(東京ルール等)に委ねられ
「経年劣化」「通常の使用」というワードもありますね。この様に、民法によりやっと明文化されたわけですが、もちろん本法だけでは細かいケースがイメージできないので、東京ルールは民法からのお墨付きを得たことになり、引き続き判例・先例的な規範性を有することになります。
例えば、賃借人の責めに帰する事由によるものとして、室内禁煙やペット禁止の条件で賃貸借契約を締結した場合にも関わらず、それに違反して使用した場合の壁紙の汚損(匂い含む)やフローリングの傷等については、全額交換費用を請求する事ができるとされています。(そもそも、賃貸借契約の解約事由にもなり得るケースですが)
連帯保証人に対する保護規定
補償限度額の設定義務
賃貸借契約を締結するに当たり、最近は保証会社を入れることが多くなりましたが、保証会社が普及するまでは賃貸物件を借りる際には、親や親せきに連帯保証人になってもらっていたのが通例でした。万が一、債務者たる賃借人が家賃の滞納をした場合は、保証人がその弁済義務を負うとされています。連帯保証ですので、先に賃借人に対して請求をしてくれなどといった、保証人側の「泣き」は許されません。(連帯)保証の制度は日本ではよくみられるものの、他人の保証をしたことにより人間関係が壊れたり保証人の人生が狂ってしまうなど弊害が多い制度でした。そういう経緯もあり、保証人の代わりに保証会社を立てるケースが増えてきたのですが、ここで法制度についても民法で二つの改正をすることで、保証人の身分保障を手厚くしたのです。
一つが、従来無限責任(賃借人が残した滞納額は上限が無かった)だった賃貸借契約における保証人も貸金債権と同様に、保証限度額限りの有限責任となった事です(民法第465条の2(根保証の極度額設定の拡充))。これにより、保証人側にある程度の保証額の予測を与えることができたため、比較的保証のハードルが下がったと言えます(実務上は家賃の1~2年分が保証額の上限となっています)。逆に、不動産オーナーは保証上限額までしか弁済されない事となるので、保証人を付けただけでは家賃滞納に万全の対策とはいえなくなったのです。
保証人への情報提供義務
また、もう一つが保証人に債務者の財産に関する情報を提供する義務(民法465条の10)や債務者の家賃支払いの状況(期限の利益喪失など)を伝える義務(民法第458の3)が生じました。個人情報保護の観点から、連帯保証人からこの様な問い合わせがあったとしても、これまでは情報開示を断ることができましたが、この改正により保証人にとって不利な事象が発生した場合には不意打ちを防ぐ事を目的に、事前にきちんと保証人に連絡をしなければいけない事となったのです。
(主たる債務者が期限の利益を喪失した場合における情報の提供義務) 第四百五十八条の三 主たる債務者が期限の利益を有する場合において、その利益を喪失したときは、債権者は、保証人に対し、その利益の喪失を知った時から二箇月以内に、その旨を通知しなければならない。 2 前項の期間内に同項の通知をしなかったときは、債権者は、保証人に対し、主たる債務者が期限の利益を喪失した時から同項の通知を現にするまでに生じた遅延損害金(期限の利益を喪失しなかったとしても生ずべきものを除く。)に係る保証債務の履行を請求することができない。 3 前二項の規定は、保証人が法人である場合には、適用しない。 |
これらの点について、皆さんはどう感じたでしょうか?確かにこの規定により保証人の保護が強化されましたが、逆に言えば与信が悪い入居申込者は、より物件が借りにくくなったという事になります。そうなると、先に挙げた保証会社を頼らなければなりませんが、当然保証会社もボランティアで保証してくれるわけではないので、保証契約の際は保証料を請求されますし、万が一滞納した場合は鬼の督促がされます。(保証会社の督促は、凄まじいです…)
住居の一部滅失「等」による家賃減額
旧法第611条(賃借物の一部滅失による賃料の減額請求等) 1.賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる。 2.前項の場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる |
(賃借物の一部滅失等による賃料の減額等) 第六百十一条 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。 2 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、残存する部分のみでは賃借人が賃借をした目的を達することができないときは、賃借人は、契約の解除をすることができる。 |
本条文の変更は、貸主(オーナー)には非常に厄介な規定といえるでしょう。旧法では建物滅失の際のみに認められていた賃料減額請求が「使用収益できなくなった場合」においても減額しなければならなくなったことになります。例えば、ふろ場の給湯器が故障してお湯が出なくなった際に、修理の間に近くのホテルに宿泊した際の費用を減額請求の根拠として賃借人側から請求される可能性が高くなりました。
ちなみに、みなオジが過去に住んでいた築40年のボロアパート(退去時の敷金返還額でもめて、訴訟した大家さんの物件です)で、まさに真冬に給湯器が壊れたことがあって、大家さんに連絡したら、「近くの銭湯に行け」と回答になっていない対応をされたというエピソードをブログの中で紹介しましたが、こういうケースにおいては改正後は堂々と(法的に)減額が認められるという事になりそうです。
実務上の運用
ちなみに、法改正前でも普通給湯器壊れたら、道義上、家主側から家賃いくらか値引きする提案があると思いますが、今回の改正で賃借人側が請求をしないでも当然に減額されるという規定になりました(法的に言うと「請求権」から「形成権」となったということです。)ので、その点を見ても、賃借人の権利は強くなったと言えます。
ただし、形成権になったとはいえ、お湯がでないからと言って、駅前のホテルの宿泊料相当分が補填されるというのは、「使用収益できなかった範囲」としては過剰ともとれますし、そもそも給湯器の故障が借主側の使用方法にある場合は生じませんので、契約書上では協議事項として、合意の元で賃料等の額を決めるという事になるでしょう。
借主の修繕権の明文化
またこれに関連して、賃貸物件の修繕についても、賃借人が修繕が必要な旨の通知をしたにもかかわらず、相当の期間内に必要な修繕をしないときや修繕をする必要性が高いとされるとき等、一定の場合は賃借人が自ら対応することができるようになりました(民法第607条の2)。
貸主側が修繕を行うべき相当期間はどのくらいなのかや急迫の事情とはどのようなものがあるか等、こちらも争いに発展しそうな論点ですので、運用上は契約書内で借主にも修繕が必要な箇所と修繕が必要な急迫な事情の理由の通知義務を課す等し、当事者間の協議事項とすることでトラブル回避に努める必要がありそうです。
(賃借人による修繕) 第六百七条の二 賃借物の修繕が必要である場合において、次に掲げるときは、賃借人は、その修繕をすることができる。 一 賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、又は賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき。 二 急迫の事情があるとき。 |
不動産購入編
民法改正は不動産購入の際にも影響を及ぼします。ただでさえ不動産ローンの引き締めが強まっている中、更にその傾向が強まる様な法改正になりました。この様な流れになったのは、不正融資がトリガーになったものですのである意味仕方のない流れとはいえますが、不動産経営には間違いなく逆風となる事でしょう。ここでは、2つの観点から説明をします。
保証人の保護に伴う融資の緊縮化
改正民法第465条の6 (公正証書の作成と保証の効力) 1.事業のために負担した貸金等債務を主たる債務とする保証契約又は主たる債務の範囲に事業のために負担する貸金等債務が含まれる根保証契約は、その契約の締結に先立ち、その締結の日前一箇月以内に作成された公正証書で保証人になろうとする者が保証債務を履行する意思を表示していなければ、その効力を生じない。 2.(以下略) |
細かい点は割愛しますが、これは要するに融資を伴う不動産物件の売買契約では連帯保証人(法定相続人などの個人)を求めることが通常(相続対策のために不動産を購入するケースが多いので)でしたが、今後は保証人の保護ために、保証契約の際は「保証意思宣明公正証書」という書面により、保証人となる者の意思確認、リスクを十分に認識させてから行いましょう、という事を条文に定めたものです。日本公証人連合会のHPには以下の様な説明があります。
Q1.民法の改正により、事業用融資の保証について、公証人が保証人になろうとする者の意思を確認する手続が新設されたそうですが、どのようなものですか。
これまで、保証人になろうとする者が、保証人になることの意味やそのリスク、具体的な主債務の内容等について十分に理解しないまま、情義に基づいて安易に保証契約を締結してしまい、その結果として生活の破綻に追い込まれるというようなことがあると指摘されてきました。
そこで、今回の民法改正により、事業用融資の保証契約については、その締結日の前1か月以内に、公証人があらかじめ保証人になろうとする者から直接その保証意思を確認して公正証書(保証意思宣明公正証書)を作成しなければ、効力を生じないとする規定が新設されたものです。
(参照:日本公証人連合会HP)
本条文により、メガバンクを始めとする金融機関は不動産投資ローンで融資を行う際に、従来保証人としていた借主の法定相続人を保証人に取らない事を決定したようです。これにより地銀などその他の金融機関についても、同様の措置を取ることとなりました。つまり、この規定により担保価値に満たない物件については融資が承認されにくくなり、仮に承認されたとしても金利上昇などの弊害が生じる事でしょう。
瑕疵担保責任から契約不適合へ
民法ではこれまで売買などの契約では「瑕疵担保責任」という規定が置かれていましたが、改正法では「契約不適合責任」という名称に変わり、その内容も変更が加えられました。旧法時から業者が「自ら売主」となる場合を除き、この責任は任意で免責することが出来ましたが、改正論点として一般的に注意を要する点を押さえておきましょう。
まず、旧法と新法を比較しましょう。
新法第566条 売主が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合において、買主がその不適合を知った時から一年以内にその旨を売主に通知しないときは、買主は、その不適合を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。ただし、売主が引渡しの時にその不適合を知り、又は重大な過失によって知らなかったときは、この限りでない。 |
旧法第566条 1.売買の目的物が地上権、永小作権、地役権、留置権又は質権の目的である場合において、買主がこれを知らず、かつ、そのために契約をした目的を達することができないときは、買主は、契約の解除をすることができる。この場合において、契約の解除をすることができないときは、損害賠償の請求のみをすることができる。 |
旧法第570条
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今回は法律の勉強ではないので、要点のみ説明しますが、従来の「隠れた瑕疵(欠陥)」から「契約不適合」という用語に変わりました。「瑕疵」というのは欠陥という「事実」そのものであり、「契約不適合」は契約と現物の「食い違い」を指します。従前の「瑕疵」は非常にわかりにくく、欠陥の度合いによっては意見が分かれることも多く、引き渡し後に争いが生じる事もありました。しかし、新法では「契約不適合」とすることで、契約に適合していない部分が責任を負う部分としたことから、契約書で明確に定めている以上は、建物に瑕疵が生じていても現有のまま引き渡して問題ない事になります(もちろん売主側は、価格面で譲歩することになりますが)。これにより、不動産売買契約書の重要性が高まったといえるでしょう。
また、責任追及の権利行使期間の起算点は、旧法では「事実を知ってから」1年以内に(解除・損害賠償)請求しなければならないのに対し、新法では「不適合を知った時から」1年以内に売主に通知しておけば良い(つまり、請求はその後でもOK)ので、不適合責任を追及する買主としては多少の余裕が生じる結果となりました。余談ですが、業者が「自ら売主」となる売買の場合は、2年以上の通知期間を置かなければなりません(宅建業法第40条)。
責任追及の方法についても、従来の「解除」「損害賠償」に加えて、新法では「追完」「代金減額」等の手段を選択することができます。「解除」については、旧法では「瑕疵によって契約の目的が達成できない」など一定の条件下でしか行使できませんでしたが、新法では解除の法定要件(民法第541条)を満たせば可能になり、買主側の選択肢が増えたと言えます。また「隠れた瑕疵」という概念が無くなったことにより、解除・損害賠償請求する際の買主の善意無過失は不要となり、物件の状態が契約に適合しているかどうかが請求の要件となりました。
そのほかにも、損害賠償の要件(売主の帰責性)や範囲も影響を受けることになりますが、売主の対抗策としては免責範囲を契約上で明確にすることでしょう。築古の物件では価格と引き換えに「売主の契約不適合責任」免除特約を入れることも引き渡し後のトラブル回避の一つの手段かと思います。
不動産の賃貸人たる地位の移転
オーナーチェンジで不動産の中古物件を購入する際に関わる規定になりますが、これは従来判例に沿って実務が行われていたものを、今回の改正民法で明文化したものですので、実質的な変更はありません。民法では原則として契約上の地位の移転は相手方がその譲渡を承諾したときに移転すると規定されています(改正民法第539条の2)。
判例:大審大10.5.30 「自己の所有建物を他に賃貸して引き渡した者が右建物を第三者に譲渡して所有権を移転した場合には、特段の事情がない限り、賃貸人の地位もこれに伴って当然に移転し、賃借人にから交付されていた敷金に関する権利義務関係も右第三者に承継される」 ここでいう「特段の事情」とは、例えば、前オーナー(売主)と賃借人(サブリース業者)との間の賃貸借契約において、新しいオーナーに売却する際は賃借人の承諾を要する旨の特約条項が付されていた場合や前オーナーと賃借人との間の賃貸借契約が他の取引(管理委託契約)とセットになっている等の事情がある。 |
逆に言えば、賃借人の承諾がないと賃貸人の地位は移転しないということになりますが、賃貸物件を売却した場合は例外的に、当該不動産の賃貸借契約の権利については、売主から買主へ所有権が移転すると同時に、賃貸人の地位も買主へ移転し(改正民法第605条の2第1項)、このとき、賃借人の承諾等は不要となります。なお、賃貸人としての地位とは、賃料受取権や、使用収益義務を指します。この時、買主が賃借人に賃料を請求するには、賃貸物件について所有権移転登記などの第三者対抗要件が必要です(改正民法第605条第3項)。賃貸物件の売却時には、敷金などの債務も移転することが明記されましたが(改正民法第605条の2第4項)、実務上は、その金額について契約のなかで売主から買主に返還(相殺)したり、売買価格で調整(値引き)することになります。
1 前条(注:不動産賃貸借の対抗力)、借地借家法第10条又は第31条その他の法令の規定による賃貸借の対抗要件を備えた場合において、その不動産が譲渡されたときは、その不動産の賃貸人たる地位は、その譲受人に移転する。
2 前項の規定にかかわらず、不動産の譲渡人及び譲受人が、賃貸人たる地位を譲渡人に留保する旨及びその不動産を譲受人が譲渡人に賃貸する旨の合意をしたときは、賃貸人たる地位は、譲受人に移転しない。この場合において、譲渡人と譲受人又はその承継人との間の賃貸借が終了したときは、譲渡人に留保されていた賃貸人たる地位は、譲受人又はその承継人に移転する。
3 第1項又は前項後段の規定による賃貸人たる地位の移転は、賃貸物である不動産について所有権の移転の登記をしなければ、賃借人に対抗することができない。
4 第1項又は第2項後段の規定により賃貸人たる地位が譲受人又はその承継人に移転したときは、第608条の規定による費用の償還に係る債務及び第622条の2第1項の規定による同項に規定する敷金の返還に係る債務は、譲受人又はその承継人が承継する。
改正民法第605条の2(不動産の賃貸人たる地位の移転)
また改正民法では、賃貸人の地位を移転させずに売却する際の規定を追加しています。これは実務の現場で要望が高かったことから、手続きを簡素化して不動産取引を促進させるべく追加された条文です。この規定が適応されるケースとしては個人で小規模な不動産賃貸業を営んでいるというイメージというよりは、公団住宅を所有しているUR都市機構やショッピングモールを運営しているデベロッパー(例えば三井不動産、三菱地所等)が、その所有物件を丸ごと第三者に売却する際に便利な規定といえます。例えば2棟で1,000戸入居者がいる賃貸マンションを売却する際、売主が賃貸人の地位を移転させずに売却しようとした場合、従来では、賃借人である1,000世帯全部から賃貸人の地位を移転させないことに関する承諾書を取得しなくてはいけませんでした。しかし改正により、賃貸マンションの売買当事者間で「賃貸人の地位を買主に移転させない」ことを合意することができることとなり、多数の賃借人の承諾を得るという煩雑な手続きが不要となりました。その際は民法第605条の2第2項の「2つの条件」を満たすことが必要です。
・旧オーナーと新オーナー間でテナントに対する賃貸人の地位を留保する合意をすること(旧オーナーがそのまま貸し続ける) ・旧オーナーを賃借人、新オーナーを賃貸人とする建物賃貸借契約を締結すること |
上記を満たすことで、これまで通り旧オーナーが引き続きショッピングモールを運営でき、テナント側も慣れ親しんだ旧オーナーと取引を継続できることになります。新オーナーも当面の窓口は旧オーナーだけに集中できるので、煩わしくない(出資に集中できる)という訳です。なお、旧オーナーが賃貸人の地位を留保し、旧オーナーとの賃貸借契約が継続される場合は、テナントは引き続き、旧オーナー(賃貸人)に対し、敷金返還請求権を有することになります(民法第605条の2第4項)。